及川 正也
自民党総裁選で、岸田文雄前政調会長が勝利し、10月の臨時国会で第100代の首相に選出される見通しとなった。「政治不信からの脱却」を訴え、党役員の任期を変更する公約を掲げて出馬。これが結果的に菅首相退陣の引き金を引き、激戦となる総裁選の流れをつくった。
1年前の総裁選敗北から「再起」
自民党保守本流の返り咲きである。「丁寧で謙虚で、多様な意見に寛容な政治」を訴えて自民党総裁選で当選した岸田文雄氏に求められるのは、自由闊達(かったつ)な議論を通じて、すそ野の広い自民党の本来の姿を体現することだ。そのリーダーシップが試される。 「自分がやらなければ自民党は国民の信を失う」。岸田氏は側近議員らにこう告げて、総裁選に出馬した。自画自賛も我田引水もしない控えめな性格で、政治家としての燃えたぎる野心も表に出そうとしない岸田氏の決断に、驚く議員もいたという。 岸田氏に変化をもたらしたのは、昨年の総裁選で菅義偉首相に敗れ、「岸田の政治生命は終わった」とささやかれたことだった。不屈の精神を表すのは、出馬の記者会見でカメラを前に掲げた使い込んだノートだ。自民党が下野した2009年から国民の声を書き留めてきたノートは約30冊にのぼる。「聞く力」をアピールした岸田氏の姿勢は、新型コロナウイルス禍で苦しむ人々の理解を得たようだ。
「新自由主義的経済からの転換」掲げる
岸田氏が最も重視したのが、「政治不信からの脱却」だ。批判の矛先を向けたのが、5年を超える二階俊博幹事長を軸とする執行部体制だ。党役員の任期を「1期1年・連続3期まで」とするガバナンス指針を作成するという公約を掲げた。現在の党4役(幹事長、政調会長、総務会長、選対委員長)の平均年齢は72.5歳で、いずれも男性だ。若手を登用して風通しをよくし、組織の膠着化を防ぐ狙いがあるが、ベテラン組が痛みを受ける党改革の断行は容易ではないだろう。 岸田氏の経済政策は、中道左派の色合いが濃い。小泉政権以降の新自由主義的経済から転換し、新型コロナで拡大する格差是正に向け、中間層を底上げする政策を提唱した。金融政策、財政政策、成長戦略の3本柱をベースとした安倍元政権の政策を堅持するというが、金融緩和の「バズーカ」が限界を示し、企業が潤うことで従業員に利益が伝わる「トリクルダウン」が起きなかったことは認めている。成長戦略も、観光からデジタルを軸としたテクノロジー分野へと比重を移す。 外交・安全保障政策は実務型だ。東西冷戦後の米国を中心とする自由な国際秩序が、覇権主義的な中国の台頭やロシアの復興で不安定化している現状を見据え、現実的な外交を模索する。戦後2番目に長い4年7カ月を務めた外相時代、沖縄県・尖閣諸島をめぐって冷却化した日中関係を「雪解け」に導き、慰安婦問題の解決を確認した日韓合意にこぎつけた。再び対立局面にある日中、日韓関係だが、「圧力をかけつつ対話で解決する」という立場を強調している。 経済成長を重視し、外交を追求する政治姿勢の根底には、会長を務める「宏池会」の伝統が反映されている。戦後日本の独立を回復した吉田茂元首相の流れを汲み、1957年に当時の池田勇人蔵相が創設した自民党最古の派閥だ。宏池会からの「首相誕生」は宮沢喜一首相以来、30年ぶりだ。岸田氏が自身の政策として命名した「令和版所得倍増」は池田元首相の所得倍増計画、「デジタル田園都市構想」は宏池会中興の祖、大平正芳元首相の田園都市構想に着想を得ている。
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