全国で初めて東京電力管内に発令された「電力需給ひっ迫警報」。
冷たい雨が降りしきる3月22日(火)、関東地方は電力危機に見舞われていました。
東京電力の社内では「このままいけば午後8時には停電してしまうぞ」との大声が飛び交っていました。
綱渡りの電力供給をドキュメントで追い、もはや当たり前とは言えなくなっている電力安定供給の課題を検証します。
(経済部記者 五十嵐圭祐 西園興起)
3月18日夕方:電気が足りない
オンラインで開かれた緊急会議には小早川智明社長など幹部も出席、緊迫した空気が流れていたといいます。
連休明け22日(火)は関東地方でも雪が舞うという厳しい冷え込みが予報で出ていました。
寒さによって暖房ニーズが高まり、電力需要が高まることが予想されていました。
刻々と変わる天気予報のもと、東京電力は、需要を精査するとともに、供給力の確保に奔走します。
雨が降れば最大で大型の発電所18機分の発電量を生み出す太陽光はまったく期待できません。
3月16日、震度6強を観測した東北地方の地震の影響で火力発電所は2機が運転を停止中。
再稼働させるには時間的余裕がありませんでした。
頼みの綱は揚水発電
火力も太陽光も期待できないなか、18日の緊急会議でフル稼働させることが決まったのが「揚水発電」です。
揚水発電とはダムや池の水を、高い場所にくみ上げて、低い場所に一気に落とし、その力でタービンを回して発電する方法です。
夜間に余っている電力で高い場所に水をくみ上げる必要があります。
東日本大震災前までは原発の余剰電力を活用していましたが、いまは石炭火力などの電力が使われています。
電力の供給力が乏しいなか、東京電力で唯一、すぐに発電できる設備がこの揚水発電だったのです。
22日午前7時までに水くみ上げ完了
火力発電を増やせない中で、午後10時までの15時間、バランスよく使うことができれば、ひっ迫した状況をしのげるという計算でした。
固唾をのんで揚水の消費量を見守る
連休明け22日の天気は実際に早朝から冷え込みました。
東京電力の想定以上のペースで、虎の子とも言える揚水発電の水を使うことになります。
午前10時すぎ:101%の衝撃
データ上では需要実績が供給力を上回っている状況です。
これは急きょ投入した揚水の発電量が、すぐに反映されないために起きた「ズレ」ですが、ある関係者は「実際に需給がギリギリの状況になっていた」と明かします。
午前10時半ごろ:東北電力も…
東京電力に緊急で電力を融通していた東北電力管内でも電力が足りず、ひっ迫警報が出される可能性があるというのです。
東北電力は、東京電力への融通を急きょ止め、北海道電力から融通を受けます。
揚水の残量枯渇の可能性
正午の時点で揚水の残りの発電量は71%。
目標値は79%でそれに比べて8%も多く使っているという状況でした。
その後も、揚水の残量は目標よりも減り続け、このままでは午後10時よりも早く揚水発電の残量がなくなる可能性が高まっていました。
午後3時前:経済産業相による異例の緊急記者会見
午後2時半ごろ、経済産業省の記者クラブに異例の知らせが飛び込んできました。
大臣の記者会見は、報道各社が準備をするために少なくとも1時間前には告知するのが通例です。
しかし、それを待っていては手遅れになるほど状況は深刻になっていました。
NHKは急きょ、特設ニュースで大臣の緊急会見を生中継で伝えました。
午後3時前:停電の可能性も
このままだと管内の電力はどうなってしまうのか。
1つの案が頭をよぎります。
「計画停電」です。
2011年、東日本大震と原発事故が起きた時、大幅な供給力の低下が見込まれる中、大規模停電を防ぐため、あらかじめ停電させる地域を決め、順番に電力供給を止めました。
しかし、東京電力と資源エネルギー庁を取材すると、今回はどれくらい供給力が足りなくなるか、見極めが難しく、計画停電を行うには時間的な余裕もなかったといいます。
計画停電を実施するには、自家発電設備を持たない医療機関や、日常生活に支障が出る設備は除くなど、計画を作る上で検討しなければならないことが膨大にあるからです。
起こりうるシナリオは
電気は需要と供給が一致しないと周波数が乱れるという性質を持っています。
周波数が乱れた状態が続くと、最悪の場合、エリア全体が停電する「ブラックアウト」を引き起こすおそれがあります。
これを防ぐため、電気が足りなくなった場合は一部のエリアの電力供給を意図的に遮断するUFR=周波数低下リレーという機能が作動して、停電が発生するという仕組みです。
このとき、どのエリアが停電するは、東京電力のシステムが機械的に判断するためにランダムで決まり、予見することができません。
16日の地震の影響で、東京電力管内で最大およそ210万戸が停電した際も、この仕組みが作動しました。
午後6時:危機は回避
これをうけて、家庭だけでなく、電力を多く使う製造業やデパート、スーパーなどの小売り、幅広い業種で節電の取り組みが広がりました。
揚水の発電量は午後6時には目標としていた残量38%に対して実際は40%と、目標を上回り、今回の電力危機を回避できるめどがたったのです。
課題が改めて見えてきた
脱炭素に向けて、再生可能エネルギー、特に太陽光発電の普及が進む中、電力会社にとって稼働率が落ちている古い火力発電は採算が取れず、休止や廃止にする動きが広がっています。
経済産業省は、窮余の策として、老朽火力発電所を廃止する際、事前の届け出を義務づける法案をいまの国会に提出しています。
供給力の見通しを立てやすくして、需給が厳しい場合には、電力会社に一時的に廃止を待つよう要請。
その費用を税金で補填(ほてん)する方針です。
脱炭素時代に老朽火力をつなぎ止めなくてはならないという、極めていびつな構造です。
原子力発電について、政府は原子力規制委員会の新しい規制基準に適合すると認められた場合に限り、活用していく方針です。
ただ、原発の活用には世論の根強い反発があるほか、東京電力は柏崎刈羽原子力発電所でテロ対策をめぐる不備が相次ぎ、再稼働のメドはまったく立っていません。
送電網のぜい弱さ
今回、東京電力は午前7時以降、大手電力7社から、午後4時以降は、5社から融通を受けましたが、需給に余裕があった西日本からの融通は限られる形になりました。
西日本と東日本では、電気の周波数が異なり、変換設備で周波数を変える必要があります。
2011年の東日本大震災と原発事故で計画停電が実施され、送電網のぜい弱性が問題となったことから東日本と西日本の間で周波数を変換して送れる容量は120万キロワットから210万キロワットにまで増強されました。
しかし、210万キロワットの容量のうち120万キロワットは既に使用され、30万キロワット分については点検作業と重なったため、このため、緊急の融通量は最大で60万キロワットにとどまったのです。
一方、北海道から本州へは、津軽海峡の海底を通る送電線を使いますが、容量は90万キロワット。
ほかのエリアと結ぶ連系線と比べてぜい弱です。
西日本と東日本を結ぶ連系線の容量について、政府は5年後までに300万キロワットに増やす方針です。
長年、日本のエネルギー政策を検証している東京大学社会科学研究所の松村敏弘教授は次のように話しています。
東京大学社会科学研究所 松村教授
「少なくとも増強が計画されている連系線は安定した電力供給のために必須で、もっと早い段階で整備しておくべきだった」
一方でさらなる送電網の追加整備は慎重に検討する必要があるとしています。
東京大学社会科学研究所 松村教授
「発電所が複数停止するなど、いわば非常事態でも影響が出ないような供給体制を整備するには膨大な社会的コストが必要になり、どこまで投資をするかは考える必要がある」
供給面より需要面に焦点
多様な電源を持つことは大変重要な論点ですが、電力供給の面だけを見ていてもなかなか解にはたどりつきません。
今後を考えるうえで1つのヒントになるのは今回、家庭や企業による積極的な節電協力です。
需要を抑えることがこれほどの需給改善につながったことは明るい材料です。
専門家のあいだで注目を集めているのが「ネガワット取引」です。
電力のピーク時に節電によって余った電力を発電したこととみなす考え方で、節電した人には電力会社が対価を支払います。
節電を善意ではなく、ビジネスにして、市場原理を導入することで需給を調整していこうという考え方で、日本でも2017年から制度が始まっています。
こうした仕組みを普及させることは安定して電気が使える環境づくりに役立つはずです。
今回の事態で電気は安定して供給されるのが当たり前ではないことが見えてきました。
どのような電源をどうバランスさせるのがいいのか、そして需要側から新しい取り組みが試せないのか。
国や電力会社任せではなく、自分たちの電気として利用者である私たちが考えることの重要性を再認識しました。
経済部記者
五十嵐 圭祐
平成24年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
現在、エネルギー業界を担当
経済部記者
西園 興起
平成26年入局
大分局を経て経済部
現在、経済産業省や
エネルギー業界を担当
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